鴎外に初めて触れたのは多くの人と同じように「舞姫」だった。
高校の教科書に載っていた。
文語体なので高校生にはちょっぴり読みにくいのだが、短編ということがハードルを下げてくれる。
太田豊太郎は留学先のドイツで踊り子エリスと出会い恋に落ちるが、それは官僚としてエリートコースを突き進む彼にとって許されざる恋であった。帰国して出世の道を選ぶか、異国に残り恋人と茨の道を歩むか、人生の選択に思い悩む主人公の姿は純朴な高校生の胸を揺さぶったものだ。
「僕もいずれエリートコースと恋人の板挟みにあって悩んでみたい」
青年はそんなことを妄想する。
漱石の作品で一番印象深いのは「それから」だ。
30歳の主人公長井代助は仕事も結婚もせず親の援助を得て高等遊民なる生活を送る。そんな彼が好きになったのが親友平岡の奥さん三千代、二人が結婚する際に自ら身を引くのだが、結婚後の不遇な三千代の姿を見ていく中で、初めて心に火がつく。親友から三千代を「奪う」が平岡には「絶交」され、身内には「絶縁」される。三千代への愛と引き換えにすべてを失った代助は夏の日差しの中、職を求めて歩き出す。
このエンディングがかっこいい。30歳のニートが愛を手に入れた代償に今まで苦労したことがなかった「生活」という「うすのろ」の中に意を決して飛び込んでいく。愛がニートを断ち切らせるのだ。
「うーむ、僕も禁断の愛に溺れる主人公を演じてみたいものだ」
ちなみに実写で映画化されているがこちらもなかなかシュールで面白い。
さて、冬のある日、そんな文豪たちの気持ちを味わうべく散歩に出かけた。行く先は下町の通称「谷根千」谷中・根津・千駄木界隈である。東京に観光に来る方がもし読んでくださったなら、ぜひともお勧めしたい散歩コースである。最も東京の下町の良さを味わえるところです。